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日本では「アンビルドの女王」だったザハ・ハディド

日本では「アンビルドの女王」だったザハ・ハディド


鹿児島の今年の梅雨入りは観測史上2番目に早いものとなったようです。
晴耕雨読という言葉がありますが、現代では読書に代わってオンラインの講義やトークショーを視聴している人も多いかと思います。最近、「いまこそ語ろう、ザハ・ハディド」というトークショーをネット視聴しました。それは哲学者の東浩紀氏が主催しているゲンロンにて、ザハ氏とタッグを組んだ日建設計の山梨知彦氏、建築史家・評論家の五十嵐太郎氏、東氏の3人による鼎談です。

この鼎談は建築に知識がない私のような人間にも、様々な驚きと新しい情報、そして何とも言えない喪失感を与えました。ザハ・ハディドはイラク出身の女性の建築家です。彼女は建築界のノーベル賞であるプリツカー賞も受賞している世界的な建築家ですが、そんな彼女が日本で話題になったのはオリンピックの新国立競技場のプロジェクトによるものです。

当時ザハ氏のデザインに対して、建築エコノミストの森山高至氏を中心に多くの人やマスコミは、独特の構造であるキールアーチは建築できないだろうという論陣をはっていました。私も当時は森山氏の話をネットで聞くことがあり、素人ながらそうなんだなぁと思っていました。しかし、ゲンロンでの鼎談で山梨氏と五十嵐氏は「国のプロジェクトなので守秘義務があり、反論はできなかったし、そもそも構造に問題があるものを設計するなんてことをザハと日建設計など日本の設計チームがするわけがない。ばかばかしい。」と相手にもしていなかったと語ります。

しかし、その後の日本は先の森山氏が多くのメディアで取り上げられ、建築家の槇文彦氏の景観などを理由にした反対の論文などに注目もあつまり、シンポジウムや運動が開かれ一気にザハ・ハディドは日本で悪者になりました。その当時の報道のあり方は、イスラム系の女性建築家を見た目や過去の仕事で揶揄して、ジェンダー的にも大きな問題があるものでした。今でいえば、ヘイトスピーチ(人種、宗教、性別、容姿などに基づいて、攻撃する発言や言動)であり、設計図が全くできていないなどの完全なフェイクニュースもありました。


そして2015年7月17日、当時の安倍首相は集団的自衛権の行使を可能にすることなどを定めた安全保障関連法案の批判をかわしたい狙いもあったのか、新国立競技場のザハ氏の案を白紙撤回します。日建設計の人たちは100人以上のチームで、二年間にもおよぶ図面作成で4000枚もの図面と作っていたそうです。さらには白紙撤回の3日後には役所に図面を提出する確認申請を予定しており、そのときの喪失感と言ったら言葉にはできないものだったそうです。山梨氏の話を聞くだけでも、私も心が痛くなりました。


ザハ・ハディドは「アンビルドの女王」と言われる不遇の時代がありました。その彼女を世に広めたのは日本の建築家、磯崎新氏であり、学生時代に日本に来たこともあるくらい彼女としては日本に対して強い愛着があったそうです。白紙撤回後には安倍首相に書簡を送ったり、日本人にむけてビデオメッセージを作ったりしてなんとしても実現したいと動きます。(ビデオメッセージは今でもネットで見ることができ、彼女の想いと素晴らしい作品群を見ることができます。)

しかし、彼女の熱意もむなしく、新国立競技場はコンペからやり直しとなります。彼女と日建設計チームはもう一回挑戦を試みますが、コンペはザハ外しともとれるオールジャパンで行こうという雰囲気が作られました。日本らしく木を使いましょうとか、日本語で発表しなさいとか、極めつけは設計と施工を一体のチームとしてコンペに応募するように規約がかわります。日建設計はもちろん、ザハ自身も日本大使館に自ら出向いたりして、必死になり協力してくれる施工会社を探しますが、完全にヒールとなったザハ氏にはどのゼネコンも協力することはなく、彼女は失意のままこのプロジェクトからは身を引きます。そしてさらにはそのあとすぐに心臓発作で急死します。

いまになって振り返るとオリンピック自体の迷走ぶり、日本の政治家たちの不透明で閉鎖的な状況は、新国立競技場問題から始まっているといえると思います。また私たち市民社会もその時々のマスコミの雰囲気に流されること、ザハ氏にはどのゼネコンも協力しなかったという、いじめともいえる空気の醸成はこの国の今も昔もある大きな問題です。


中国や韓国にもザハ・ハディドの代表作が建っているのに日本では最後まで「アンビルドの女王」でした。新国立競技場は隈研吾氏が設計したものが1569億円で建ちました。出来栄えに批判もあるようですが、今の日本の状況では、大きな国家プロジェクトに予算をかけられないのかもしません。

「いまこそ語ろう、ザハ・ハディド」(ゲンロン)、このトークショーは現在でもネットで見ることができます。建築に関係ない人でも心をうち、考えさせられる素晴らしい内容です。ぜひご覧ください。

最後に一つ明るいニュースでこのコラムを終えたいと思います。ザハ氏と仕事をした日建設計は彼女との仕事で得た、BIM技術(建物全体の設計図から部品一つまで、サイズや数量、仕様など建設に必要なあらゆる情報をまとめてデータベース化するツール)を使って、スペインの強豪サッカークラブであるFCバルセロナのスタジアム「カンプ・ノウ」の新スタジアムの設計コンペを勝ち取り、完成は24年ごろを予定しているようです。
土屋耕二

 

 

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南九州新聞のコラム用に書いたものです。